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2023年 10月 1日 大学に通う曖昧さとは

 

今日から10月が始まりますね!
担任助手2年の丹後です。
 
突然ですが、1つ質問させて頂きます。
 
皆さん、日本は学歴社会だと思いますか?
 
一方ではこの様に考えられます。
人間の社会的な立ち位置を決める要素は
時代により変化して来ました。
例えば、血縁、財力、能力等です。
学歴もこの判断基準の中に含有されます。
現代社会では、血縁や財力で地位を得る事は殆どありません。
学歴は、これらの要素の中では比較的重要な役割を持つでしょう。
また、就職活動等で社会に出る際に
学歴は自らの名刺の様な役割をします。
その大学に通ったという事実が
自らの実力と同一視されるのです。
その観点では、日本は学歴社会だと言えます。
 
また一方ではこの様に考えられます。
現在、高校生の大学進学率は約50%と言われています。
大学に進学しない人は
自らの夢を叶える為に専門学校で勉強したり
夢を形にすべく就職したりしています。
大学に行く事が進路の全てでは無い事もまた事実です。
そして、大学進学有無による生涯年収の差は
諸外国と比べて少ないと言われています。
その観点では、日本は学歴社会で無いと言えます。
 
相反する2つの考え方ですが
どちらも正しいとも言えるし、
どちらも正しくないとも言えるでしょう。
 
そう、「大学進学」という事実が示す内容は余りにも抽象的ですし
それにより得られる「学歴」という肩書が持つ事実もまた
極めて曖昧な物なのです。
それでは、私達は何故受験するのでしょうか?
曖昧な物に身を任せられる程人生短くないでしょう。
 
答えは無数に存在すると思いますが
その中でも極めて正解に近い解答は
自らの夢を叶える契機にする為
だと思います。
 
受験は人生の通過点。
受験生活を経て、また大学での学問を経て
自らが想像する理想像に近づく為の手段として
大学受験が存在するのです。
 
月の始まりという節目を好機に
改めて自らの受験意義を考えてみる機会にしては如何でしょうか。


 

 

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